久しぶりの「今月の読書記録」です。
毎年,夏になると,各出版社は読書フェアを展開するのですが,今年の夏はちっとも本を読まずにすごしてしまいました。
というわけで,7・8月まとめての読書記録です。
7・8月の,雑誌を除いた主な読書は以下のとおりです。
タイトル・著者 | プチ感想 |
---|---|
『ロハスの思考』 福岡伸一 |
著者お得意の,「動的平衡」の話や生物の精巧さ,LOHASの基礎的な考えなどが紹介されています。んが,後半の「じゃあ,こうしよう」という段になると,かなり無理があったり,負担がでかかったり,とてもLOHASではない生き方が紹介されているようで,残念でした・・・。 |
『コロヨシ』 三崎亜紀 |
「掃除」というスポーツを舞台にした,青春小説(で,いいのか?) 三崎亜紀のいつものように,ありえない世界なんだけど,実際にありそうな,不思議な虚構のお話です。 |
『雪国』 川端康成 |
別に,夏休みの宿題(読書感想文)ではありません(笑) 家族旅行で新潟に行ったので,つい読んでみたくなって図書館で借りてきました。んが,季節はずれなせいもあり(?),イマイチおいらには分からず,途中で断念・・・。 |
『図解・カメラの歴史』 神立 尚紀 |
超面白かった!!! 暗箱から始まったカメラが,いかにして進化してきたかの歴史です。シャッター,レンズ,絞り,露出機構,ファインダー,AF,デジタル化。よく,ここまで進化してきたと,本当に感心してしまうお話。他にも似たような本を読んだことがありますが,コンパクトなブルーバックスですし,通勤で読むにはちょうどいい本です。 |
ヒルクライムばかり考えていた6月ごろとはうって変わり,自転車関係の本はあまり読まない2ヶ月間でした。
三崎亜紀『コロヨシ』
三崎亜紀の長編,青春スポーツ(?)小説です。
スポーツ小説と言っても,「となり町戦争」「廃墟建築士」「失われた町」など,不条理,虚構でありながら,どこかリアリティを持った不思議な小説を書く三崎亜紀ですから,この小説も不思議な三崎ワールドとなっています。
まず,対象となっているスポーツが,サッカーでも野球でもなく,「掃除」なところからして不思議です。
掃除部に入部し,掃除大会に出場し,全国大会を目指して日々鍛錬する。
初めて三崎亜紀を読む人であれば,「なぜ,掃除なんだよ!」「説明があるのかな?」と思うかもしれませんが,なんの説明も無いまま,極当たり前のスポーツの一種であるかのように話は進みます。
こういう,不思議・異種なものを取り入れつつ,それを全く普通のものとして扱うのが三崎亜紀の小説の特徴です。
『となり町戦争』では「となり町と戦争をすること」,『バスジャック』では「バスジャックをすること」がごく普通の行為として描かれています。ただ,今回の『コロヨシ』では,その世界の中でも掃除というスポーツは特殊な扱いを受けています。
並外れた身体能力(動体視力,瞬発力,跳躍力,持久力など)を求められていたり,国家によって厳しく活動が制限されていたり,裏社会とのつながりが示唆されたり,不思議なことばかりです。
が,このよく分からない「掃除」というスポーツに没頭する主人公達を見ているうち,よく考えたら,自分達が普通に見ている・やっているスポーツだって,不思議に見えてきました。
きっと,異星人が来て野球を初めて見たとしたら,なぜ,細い棒でボールを遠くまで飛ばすことがそんなに楽しいのか,さっぱり分からないことでしょう。
サッカー,バレー,棒高跳び,相撲,カーリング,ありとあらゆるスポーツが,異星人の目からみたらきっと不思議でならないのではないか,そんな気がしてきました。
ちょっと長編すぎる感じもしますが,不思議感満載の,いつもの三崎亜紀ワールドを楽しめる小説でした。
福岡伸一『ロハスの思考』
長男の学園祭バザーで100円で購入。
過去,福岡伸一の著作では『動的平衡』『動的平衡2』『生物と無生物のあいだ』『六つの星星(川上未映子との対談)』を読んだことがあります。
分子生物学という,自分の分野(=情報工学科卒です♪)とは全く異なる科学分野の読み物が面白くて,次々と読んできました。
しかし,今回ばかりは見事に期待を裏切られてしまいました。
前半は,地球・生命という仕組みが,いかに巧妙に,バランスよく,平衡を保っているかについてさまざまな話が登場して面白いのですが,後半,「食の安全」を語るあたりから,「ちょっとなぁ・・・」という気がしてきてしまいました。
特に,BSE(牛海綿状脳症,いわゆる狂牛病)のリスクについては全頭検査が絶対に必要であり,
- どんなに小さいリスクだって,イヤなものはイヤ
- タバコは「うまい」というメリットを享受して,その代償として肺がんリスクをテイクしている。牛肉を大量生産することで得られるメリットはすべて業者が搾取し,消費者はリスクしかもらえない
というような論理が展開されています。
著者は生物学者(や作家)としての知識・才能は素晴らしいと思うのですが,経済学(=限られた資源を公平・効率的に分配する学問)に関してはイマイチだということが露呈してしまった気がします。
世の中にはほとんど無限のリスクや課題があり,どうしても,優先順位をつけて取り組みざるを得ないと思います。
身の回りのいろんなリスクを「1億人あたりの死亡者数」で比較するという方法は,いろんな学者さんや機関がやっているのですが,割と有名な,安井さん(元東大,国連大)のHPの数字を引用してみました。
死亡原因 | 1億人あたりの 年間死亡数 |
---|---|
がん | 250000 |
自殺 | 24000 |
交通事故 | 9000 |
入浴 | 2600 |
火事 | 1700 |
他殺 | 520 |
飛行機事故 | 13 |
BSE | 0.0001 |
喫煙 | 10万人くらい |
※喫煙はちょっと計算が違う(安井さんは37万人)ような気がしたので,WHO統計から引っ張ってきました。そのほかの数字も,統計年や範囲などでいろいろな数字はありますが,「桁」は合っていると思います。
それぞれの死亡リスクを低減するには,当然多くのリソース(人・物・金)や年月が必要であり,誰も「打ち出の小槌」を持っていない以上,優先順位を付けて取り組まなければならないのが現実です。
多くの人と同じように,おいらはBSEでは死にたくないですが,同じくらい,火事や交通事故でも死にたくないので,BSEよりも2.4億倍も高い自殺,9千万倍も高い交通事故対策を優先したくなるのが普通ではないかと思います。しかし,著者は,こういう「死亡リスクによる優先順位付け」について明確に否定しています。特定の業界の利益を守るため,このような表を作って,大衆を説得しようとする政治的手法に過ぎないという論です。
ベネフィット(利益)を受けていないのに,リスクだけを押し付けられるから,フェアネス(正義・公平)ではない,という論です。
そこが,おいらが「ちょっとなぁ・・・」と思った二つ目の点。
たとえば,タバコを吸うことで,喫煙者は「うまい」「落ち着く」などのベネフィットを受ける一方で,「肺がんで死ぬ」というリスクを引き受けています(BSEの10億倍)。
それに対して,BSEの場合は,牛を大量飼育・生産することのベネフィットはすべて業者が搾取し,消費者はBSEに冒されるというリスクだけを押し付けられているのだと,いう主張です。
一見,そう思えてしまうのですが,本当にそうなのか。
確かに,大量の牛を飼育・牛肉生産量を増やすことは業者のメリットになりますが,同時に,「安い肉を食べられる」という,とても大事なベネフィットを消費者に提供しています。しかも,交通事故の9千万分の1程度の,ほとんど無視できるリスクと引き換えにです。
歩道を歩いていて車にはねられて死ぬ人(年間数千人)だって,それまでは,車社会のベネフィットを受けているのです。それこそ,著者が描くような,大きな循環の中で得ています。
他の分野では分からないのですが,著者は,こと「食の安全」に関しては,「どんなに小さなリスクも,最大限のコストを掛けて防ぐ」と考えているようです。
しかし,地球上のリソースは有限(まさにLOHAS思想の根本のはず)であり,それを,いかに公平・効率的に分配して活用すべきか,という学問(=経済学)の視点が欠如しています。
(学者ではない)一般の方が,感情や情緒的に感じたことを書いたり,発信したりするのはいいと思います。それこそ,考え方の多様性であり,進化・進歩の原動力であると思うのですが,少なくとも科学者にあっては,感情に流されることなく,整然とリスクとベネフィットを正しく伝えることこそ職業倫理であり,著者が繰り返して言う「フェアネス」だと思うのです。
実際には,BSEの全頭検査にかかるコストは大きくない(らしい)ですから,やってもやらなくても,おいら個人的にはどっちでもいいですが,経済性や優先順位を全く無視し,「とにかくイヤだから反対」という,根拠も代替案もない反対運動にも似た論理展開には,ちょっと,いや,かなりがっかりしてしまいました・・・。
う~む,残念。