Rachel Carson “The Sense of Wonder”

こちらは日本語版  

梨木香歩の『西の魔女が死んだ』を読みました(こちらもとても良かったので後日,感想を書こう)。自然と一緒に生きたおばあちゃん(魔女)と中学生の”まい”の物語を読んでいるうちに,レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』を思い出し,久しぶりに読み返しました。
そして,あらためてカーソンの先見性,感性の鋭さに驚かされました。

実は,日本語版と英語版は異なる写真家が撮影していることを知りました。そして,明らかに英語版の写真の方が(少なくとも僕には)良さそうです。日曜日には,さっそくランドマークの有隣堂で英語版も読んでみようと思ってます。(右の写真は,左が日本語版,右が英語版です)

いずれにせよ,とてもとてもきれいな自然の写真がたくさん載っている,宝物のような本です。でも,そんな見た目の美しさはおまけ。カーソンは,本物の自然と向かいあい,その不思議さを感じ取る大切さを述べています。

この本でカーソンが言っていることは本当に単純なことです。Sense of wonder,つまり,「神秘や不思議なことに目をみはる感性」,の大切さを説いているのです。
そして,神秘なことや不思議なことは決して大げさなものではなく,それ自身ではなく,僕らが感じ取る力を持っているかどうかによって決まる,とも。

彼女と,彼女の甥の子供ロジャーと,メイン州のすばらしい自然の中で暮らす中で見つけたり発見した,自然体験をもとにエッセー(というか,詩かも)風に書き連ねています。

子供の頃は,空の雲を見て,蟻の行列を見て,真っ赤な夕焼けを見て,素直に驚き,感動したりしています。我が家の2匹のチビ達も,「えっ,こんなことで?」と思うところで喜んだり,感動していたりするときがあります。

例えば,動物園やテーマパークに連れて行ったとき。親は,(高いお金を払っていることもあり^^;),その場所(残念ながら人工物なのですが)を楽しもうとします。でも,子供達は入場ゲートの脇に咲いてる草木やら虫なんかに惹きつけられてしまうことがあります。

そんなとき,普通の大人(もちろん,僕も)は,「早く行くぞ~!」と急いで中に入ろうとします。

でも,この本を読むと,そんな人工物が作り出す人工的な喜びなぞ,自然が持っている神秘や不思議さ,その精緻な作り,奥深さとは比較ができない,ということに気がつかされます。

カーソンは,こうも言っています。

子どもが生まれながらに持っている驚きの心をいつまでも失わないようにするには、一緒に驚き、私たちの生きている世界の喜びや感激や神秘を再発見できる大人が少なくとも1人は必要です。

僕らはすっかり,My sense of wonderは失ってしまっていて,逆に子供に気が付かされることがよくあります。

自分だって小さな頃は,なんだって驚きや感動をもって接していたはず(おいらは,かなりそういう感性が強い方だったと思う)なのに,いろんな本を読んだり,勉強したり,仕事をしたりしているうちに,いつの間にかなんでも知った気になってしまっている用です。そして,あらゆることに謙虚さを持って,素直に驚いたり感動するセンスを失っているのだと思います。

知ることは,感じることの半分も重要でない

というカーソンの言葉が身にしみます。

幸い,僕らは海が近くて,野山があって,星を見ることができ,だんご虫がたくさんいる田舎に住んでいます。これからは,子供のゆっくりした時間にあわせて,時には子どもに教わりながらも,一緒にwonderを感じられるようになれたらな,と思っています。(思ってはいるけど,なかなかね…)

しかし,この本が30年も前に書かれていること自体,僕にはwonder(というか,incredibleか)だなぁ…。

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